新一万円札の顔は誰?渋沢栄一という人物は何をした人?
新一万円札の紙幣が新しくなることが決まりましたね!
一万円札だけでなく、千円、五千円もすべて新しくなるそうです。
いつもおなじみのお札に描かれている「顔」。
今回は、新一万円札の顔は誰になるのか?何をした人だったのかを紹介していこうと思います!
新一万円札の顔は「渋沢栄一」という人物に決定!何をした人なのか?
2019年5月1日から、新元号「令和」に改元するため、お札もすべて新しくしよう!ということで日本政府が新札の人物を発表しました。
新一万円札の顔として選ばれたのは「渋沢栄一(しぶさわえいいち)」という人物です。
なぜ彼に選ばれたのか?渋沢栄一とは何をした人だったのかを紹介していこうと思います!
これを知っていると「そういえばお札新しくなるらしいね!」という話を振られたら「渋沢栄一はこういう人だったんだよ!」と、説明できるとちょっとカッコイイですね!
「渋沢栄一」は国立銀行を設立した「起業家」だった!
渋沢栄一は、「近代日本経済の父」と言われるほど、現代日本に大きな影響をもたらした人です。
■渋沢栄一プロフィール
(出展:渋沢栄一デジタルミュージアム)
・1840年(天保11年)2月13日生まれ
・埼玉県出身
27歳の頃にパリ万博使節団としてフランスへ行く
29歳(明治2年)で静岡藩に「商法会所」を設立33歳で「第一国立銀行」開業37歳で「択善会」創立(後の東京銀行集会所)38歳で「東京商法会議所」創立45歳で「日本郵船会社」創立
46歳で「竜門社」「東京電灯会社」創立
47歳で「日本煉瓦製造施設株式会社」設立
(日本初の瓦礫製造)
57歳で「澁澤倉庫部」開業
61歳で「日本女子大学校」開校
66歳で「東京電力会社」「京阪電気鉄道会社創立」創立
67歳で「社団法人東京慈恵会」設立
68歳で「中央慈善協会(現在の全国社会福祉協議会)」設立
77歳で「日米協会」創立
79歳で「協調会」創立
80歳で「国際連盟協会」創立
83歳で「大震災善後会」創立
87歳で「日本国際児童親善会」創立
91歳(和6年)11月11日―永眠
なんだかすごすぎて、もはやよくわからないのですが
ぱっと見て凄そうなのが、
「第一国立銀行」「日本女子大学校」「東京電力会社」の設立でしょうか?(ほんとは全部凄いんですが…特に凄そうなやつ)
その他、500もの企業の設立に関わったとされていて、約600もの教育機関・社会公共事業の支援と民間外交にも熱心にとりくんでいたそうです。
これだけ凄い人なら、新一万円札の顔にふさわしい人物と言えるでしょう!
いったいどういう時間の使い方をしたら、こんな事が可能なのか…。
渋沢栄一の名言・格言集
渋沢栄一は、「ビジネス界の偉人」とも呼ばれていて、ビジネスにくわしい人なら格言や名言を見聞きしたことがあるかもしれません。
天保11年(1840年)生まれの今から200年以上も前に存在していた人ですが、現代ビジネスでも十分通用するマインド(思考)を持っていた人です。
今でも彼の言葉は、いろんなビジネスマンの心に刺さっているのです!
渋沢栄一の格言をいくつか紹介していきますね!
もうこれで満足だという時は、
すなわち衰える時である。
渋沢栄一
人は全て自主独立すべきものである。
自立の精神は人への思いやりと共に
人生の根本を成すものである。
渋沢栄一
商売をする上で重要なのは、
競争しながらでも
道徳を守るということだ。
渋沢栄一
ただそれを知っただけでは上手くいかない。
好きになればその道に向かって進む。
もしそれを心から楽しむことが出来れば、
いかなる困難にもくじけることなく
進むことができるのだ。
渋沢栄一
できるだけ多くの人に、
できるだけ多くの幸福を
与えるように行動するのが、
我々の義務である。
渋沢栄一
新一万円札の顔「渋沢栄一」は、めちゃくちゃ凄い人だった!
「新一万円札の顔は誰?」ということで、今回は「渋沢栄一」を紹介してきました!
生涯にわたって、今でも残る有名企業や銀行を立ち上げ、いろいろな企業支援や民間支援などもやっていた人だったようです。
また、格言・名言からみれるように「多くの人の幸せ」について本気出して考えていた人と言えるでしょう。
新紙幣への切り替えはまだ未定ですが、今から新しくなるのが楽しみですね!
Mai
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